16 11 / 2011

牛乳

僕は小学校を卒業してからは牛乳を飲んでいない。嫌いであったということもあるが、飲むとお腹が痛くなることに気づいたからだ。
僕は牛乳をなるべく味わわないよういつも一気に飲み干すので、クラスで一番飲むのが速かった。元々お腹の弱かった僕は、冷たいものを一気飲みするからお腹が痛くなるのだと思っていたが、もっと小さかった時に好きでのんでいたホットミルクでもお腹を下すようになって、牛乳が原因とわかった。
これに「乳糖不耐症」という名前がついていることを知った。乳糖は動物の母乳に含まれる糖分だ。赤ん坊はこの乳糖を分解するちからがあるが、成長に従って、いらないはずのこのちからは失われるそうである。分解されなかった乳糖が腸内でも水分を貯めこむためにお腹が緩くなるということだ。
あいかわらず中学校でも給食には毎日のように出てきたが、僕はオトナだから飲まないことにした。乳糖を分解できるのはこどもの証拠、僕は十分に成長したから牛乳は飲まないのだと決めていた。嫌いな牛乳を飲まなくてよい格好の理由を見つけて、正義の牛乳拒絶運動をひとり展開していた。なぜと問われて説明できるよう説明文を暗記したりもしたが、結局訊ねられることもなかった。

それと関係があるのかないのか、僕は小学校を卒業してからずっと小柄なままである。そのため高校では同級生から誤ってか冗談か、後輩扱いを受けるなどしてきた。なんとなくこどもっぽく見えるらしい。
だから、あの時少しくらいお腹が痛くなっても、我慢して飲むのが本当のオトナだったのかもしれないと、ちょっと思わないでもない。


p.s.
僕の父も同様に長く牛乳を嫌って飲まなかったが、僕が中学生のとき、30年ぶりだかで牛乳を飲まされた。そして虫垂炎になった。この事件が少年の確信へと繋がっているとかいないとか。

09 11 / 2011

似ッ非イ;essay

江國香織の『とるにたらないもの』というエッセイ集を読んだのです。「とるにたらないもの」をひとつ選んで、それをテーマに2,3ページほどの短いエッセイが載ってるのです。ちょっと本を開いて例を上げますと、「トライアングル」ですとか、「下敷き」、「食前酒と食後酒」といったような。
端的に言って、素敵と思いました。言葉の選び方がきれいで、素朴で。扱われる「とるにたらない」ものどもの選び方もとても優しいし、目次に上品でありかつ身近なそれらが列せられている様子を見るのも心地よいと感じます。
そして僕もやりたいとも思いました。

そういうわけで、ミニブログでもやって、人は来ないだろうけど寂しく書き連ねてみるのも良かろうと思い、まあここでやってみとうとこういうわけです。別に僕も素敵と思ってもらおうとは思ってないのです。書きためてあるのを誰かが見て、へえ、こういう人もいるんだなんて一瞬意識に登って、そのあと忘れてしまうようなものを書きたいと思います。
ただし、今自分で書いてみて、呆れるほど文章が非素敵なんですね。これは発見です。しかも再発見。大体、感想を求められて「かっこいい」とか、「よかった」なんて言う人は語彙が足りないか、不動の心をもっているかのどちらかなのです。って友人に偉そうに講義した記憶があります。ましてや「端的に言って、素敵」などと阿呆みたいなことを書いちゃってるものだから先が思いやられる。

これは訓練である。
素敵な文章を書いてみようという試みが成功するべく書いてみる訓練です。
抽象的に「素敵」と書いて漠然と目指しちゃっているわけですが、素敵の正体、内訳も訓練の過程でだんだんと明らかになるでしょう。
そして、もしこの試みの一端をご覧になったら、素敵へのアドバイスなどいただけたら幸いです。

01 10 / 2011

just signed up…

test. what to do?